
母から受け継いだNSXと、これからも時を重ねていく。
クルマに深い愛情を傾けるドクターに伺う、愛車とのストーリー。30年以上を母と息子が乗り継ぐNSXには、家族の記憶が刻まれていた。
文・河西啓介(本誌) 写真・三浦孝明
Car/HONDA NSX
1990年に登場したホンダのミッドシップ・スポーツカー。量産車世界初のオールアルミ・モノコックボディする。福田さんの愛車は1992年式のATモデル。現在の色はサーキットブルー・パール。




左上/初期型NSXを象徴するリトラクタブルヘッドライト。右上/機能をドライバー側へ向けて配置したコクピット。福田さんの愛車はAT仕様だ。左下/ミッドシップに搭載される3.0リッターV6 DOHCVTECエンジン。右下/低くワイドなスタンスを印象づけるリアビュー。
母が新車で選んだNSX
神奈川県鎌倉市、大船駅近くで「福田眼科」を営む福田匠さん。傍らに佇む鮮やかなブルーのホンダNSXは、1992年から福田家とともに歩んできた一台だ。最初のオーナーは福田さんの母であり、童謡「北風小僧の寒太郎」や「はみがきじょうずかな」などを作曲した福田和禾子さんだった。
幼い頃、体が弱かった福田さんは、母に連れられて録音スタジオへ通った。調整室の窓越しに見えたのは、ヘッドフォンを着け、指揮棒を手に仕事をする母の姿。「子どもながらに、格好いい人だと思っていました」。小学4年生のとき、和禾子さんから音楽ではなく勉強の道を勧められたことが、後に眼科医となる出発点にもなった。
「僕が大学受験に落ちて浪人したとき、がっかりした母が、“クルマでも買わないとやってられない”と言い出したんです(笑)。何台か見に行って、NSXを気に入り、試乗もしないで契約してきました」
国産車として別格の存在感を放っていた当時のNSXを、女性が日常の足として選ぶのは珍しかった。だが和禾子さんは、以前からさまざまなスポーツモデルを乗り継いできた大のクルマ好き。NSXも特別扱いはせず、仕事にも買い物にも使い、7年間で約9万kmを走った。
そのクルマ好きは家族に受け継がれてきたものでもある。祖父は戦前の多摩川スピードウェイでレースを走り、両親もラリーやジムカーナに親しんだ。
福田さん自身も学生時代から自動車部に所属し、スポーツカーを乗り継いだ。だが、母のNSXだけは、すぐにはハンドルを握らせてもらえなかったという。その後もゴルフGTI、BMW M3、ロータス・エリーゼなどを所有し、ワンメイクレースにも参戦。母のNSXとの距離も少しずつ縮まった。
「最初は運転させてもらえませんでしたが、その後、ゴルフに乗って数年が経ち、それなりに上手くなってから、ようやく乗せてもらえるようになりました」

世界的自動車ジャーナリスト、ポール・フレール氏の追悼イベントでNSXを走らせる和禾子さん。
9万kmで新車のようにリフレッシュ
大きな転機は1999年。走行距離が約9万kmに達したNSXを、ホンダの「NSXリフレッシュプラン」に預けた。内外装や機関を総合的に整え、新車に近い状態を目指すメーカーのプログラムだ。福田さんによれば、このクルマはフルメニューを施工した第1号車だったという。ボディカラーも、同年に登場したサーキットブルー・パールへ変更された。
「戻ってきたら、あまりにもきれいで、ほとんど新車になってしまった。それからは、もったいなくて3万kmくらいしか走っていないんです」
リフレッシュ後はNSXの10周年記念イベントにも展示された。現在の走行距離は約12万km。細かな不具合はあるものの、走行不能になるような故障はなく、今も快調だという。
2008年、和禾子さんは仕事先で倒れ、66歳で亡くなった。福田さんの手元には、NSXと、母が最後に購入したフィアット500が残った。
「手放せなくてね。形見です」と、福田さんはNSXを見て呟いた。
リフレッシュの際には、モデルカーも高根沢工場で実車と同じ色に塗ってもらった。後にNSX開発責任者の上原 繁さんからサインを入れてもらい、大切に保管している。
母が選び、使い込み、よみがえらせたNSX。その時間を受け継いだ福田さんは、ただ保存するのではなく、今も自らハンドルを握る。鮮やかなブルーの車体には、母と息子が重ねた30年以上の記憶が刻まれている。


左/1999年、ホンダのリフレッシュプランで内外装と機関を全面整備された証のプレートが貼られる。フルメニュー施工の第1号車だったという。右/クルマ好き仲間でもあるイラストレーター、柄島吉克さんが描いた愛車のイラストは、同色に塗られたモデルカーとともに大事な宝物となっている。
Takumi Fukuda
1974年生まれ。日本大学医学部卒業後、駿河台日本大学病院眼科、東京警察病院眼科を経て、2015年、鎌倉市大船に福田眼科を開院。緑内障を専門に診療を行っている。














