
文・夢野忠則
イラストレーション・溝呂木 陽
クルマ好きは、きっとロードムービーも好きに違いない。なぜなら、たいがいの場合は魅力的なクルマが常にスクリーンの中を走り続けているのだから。
多くのロードムービーは、主人公が旅(移動)をしながら、その道中で遭遇するさまざまな出来事を軸に物語が進行していく。
主人公が旅する道(Road)は、目的地までの道程であると同時に、人生の中のある限られた時間でもある。人が道と時間の流れの中で、いろんな出会いや別れを経験しながら人生と向き合い変化していく物語がロードムービーなのだと思う。
とはいえ、ロードムービーはクルマが登場する作品ばかりではない。オートバイが主役だったり、少年たちが線路の上を歩き続ける作品だってある。今回は、そんなクルマ以外の乗りものが登場するロードムービー『ストレイト・ストーリー』(米国/1999年)を紹介したい。
アメリカ·アイオワ州の小さな町で娘と暮らす73歳のアルヴィン·ストレイトのもとに、ある日、10年来仲たがいして口もきかなくなっていた76歳の兄ライルが心臓発作で倒れたという知らせが届く。
兄に会いに行きたいが、ライルの住むウィスコンシン州までは560キロ。アルヴィンは運転免許を持っていない。しかも最近は歳のせいで目が悪く、歩くのも杖なしではままならない。そんな彼の唯一の移動手段は、時速8キロの古くて小さなトラクターだけだった。
誰の助けも借りず自分の力で兄に会いに行くと決めたアルヴィンは、周囲の反対に耳を貸さずトラクターに乗り、寝床となる手作りのトレーラーを引いて旅に出る。たった一人の兄と「もう一度、星空の下で話がしたい」という思いを胸に。それは、彼にとって「人生の忘れもの」を探す旅でもあった。
DVDのパッケージには「NYタイムズに掲載された実話をもとに、巨匠デイヴィッド·リンチが〝真っすぐな物語〟に挑んで世界を涙で包んだ、心温まる珠玉の名作」と書かれている。たしかにそうだと思う。涙に包まれるかはともかく、心は温まる。
この映画は、まず全体を貫く優しい色合いのトーンがいい。柔らかくて、どこか懐かしいその優しさは、時速8キロでゆっくりと流れていくアメリカの田舎町や自然の情景にも溢れていて、観る者をほんわりと穏やかに包み込んでくれる。
アルヴィンがトラクターで行くアイオワからウィスコンシンまでの道程は、まさに73歳の男に残された最後の限られた時間でもある。ささやかないくつかの出来事と遭遇しながら6週間をかけて旅を成し遂げ、アルヴィンは大切な忘れものを取り戻す。たとえポンコツのトラクターであっても、心に響くロードムービーは出来上がるのである。
より速く、より便利に、より豪華に進化し続ける最新のクルマなら快適な旅ができるだろう。しかし、その対極にあるような旅にこそ見えてくる景色や、感じられる豊かさみたいなものが確かにあって、もしかしたら凄いスピードであっという間に飛び去っていくものの中に、自分の〝人生の忘れもの〟が紛れているかもしれないなぁと思う。
答えは目的地ではなく、その途中にきっとあるのだと、時速8キロのロードムービーが教えてくれる。
Yumeno Tadanori
コピーライター兼クリエイティブディレクターとして広告宣伝の企画制作に携わりながら、文化としてのクルマにまつわるあれこれを書き連ねる自動車コラムニストとして活動中。2026年8月、初のコラム&エッセイ集『クルマ馬鹿で結構!』を上梓。














